家族への思いを遺言に表す【付言事項】
ありがちな遺言書
日本人は事務的な作業は得意ではあるものの、自分の想いや気持ちを伝えるのが難しいという特徴があります。
特に男性に顕著にあらわれるもので、なかなか言葉で自分の気持ちを表現する方はいません。このような特徴は遺言書にもあらわれてきます。
遺言者の遺産をどのように分けるのかという点のみ記載されているという遺言書が多くみられます。もちろんこうした事務的な遺言書が間違っていて、遺言書としての効力がないという話ではありません。遺言書である以上、法的な要素も絡んでくるため、内容が事務的なものになってしまうのも当然です。
特に法定遺言事項という部分は、指示どおりに遺言書を作成しなければならない内容であるため、当然事務的な内容になります。
しかし遺言書には、法定遺言事項に加えて「付言事項」という部分があり、この部分でなぜ遺産をそのように分けることにしたのかなど、家族への思いを記すことができます。遺言者は付言事項を活用することで、自分が亡くなった後の家族間のトラブルを未然に防ぐことが可能です。
付言事項に含める内容
先程説明したように、遺言書は2つの部分に分けられます。1つは法定遺言事項、もう1つが付言事項です。法定遺言事項では、遺言者の遺産にはどのようなものがあり、その遺産をどのように家族に相続させるのか説明します。この部分には遺言者の感情などを含める必要はなく、事実のみを記載します。
それに対し付言事項の部分では、なぜ法定遺言事項のように遺産を分けたのかを説明するようにします。さらに理由だけではなく、遺言者の気持ちを書くこともできるため、相続人たちは遺言者の気持ちを理解することができるでしょう。
付言事項とは、簡単にいえば遺言者の相続人たちへのメッセージです。遺産の分け方が、全ての相続人にとって納得のいくものであれば、こうした付言事項がなくても遺産相続が問題になることはないでしょう。しかし相続人の想いはそれぞれで異なっているため、きちんと遺産の分け方の説明や理由が書いていない場合、不満を感じやすくなります。そして個人の感情が異なっている以上、完璧な遺産の分け方というものは存在しないのかもしれません。だからこそ付言事項の内容が重要になるわけです。
具体的な付言事項の書き方
付言事項には、具体的にどのように記載すれば良いのでしょうか?実例を挙げて考えてみましょう。
Aさんは個人商店を経営しており、自宅兼店舗の資産価値は4,000万円、現金の預金が1,000万円です。Aさんの家族構成は、妻はすでに他界、長男が大卒で他県にて会社員をしており、次男はAさんの店舗で跡継ぎとして働いています。このような状況でAさんが急遽亡くなってしまいましたが、Aさんは遺言書をあらかじめ準備して完成させています。まず法定遺言事項で、長男に預金1,000万円を相続させ、次男に店舗兼自宅を相続させると記載してあります。つまり長男の相続は1,000万円のみであり、次男は4,000万円を相続できるという、一見すると不公平感のある遺産相続です。もし付言事項で、なぜこのような遺産相続方法になったのかを説明しないのなら、兄弟の間でトラブルになる可能性があります。
長男にはこのようなメッセージを残すことができます。
「長男として責任感を持って育ち、大学まで進学し、成績もとても優秀で私達夫婦にとって、長男○○は誇りでした。なおかつお前は妻に初孫の顔まで見せてくれて、本当に感謝している。預金の1,000万円は長男○○に相続させる。店舗兼自宅は自分の夢を諦め、私達の世話をしてくれた次男○○に相続させるようにするが、長男○○に他に残せるものがなく、本当にすまないと思っている。」
続いて次男には、このようなメッセージを残します。
「母親が病気になった時、次男○○は夢だった大学進学と研究者の道を諦め、母親の看病と店を継ぐようにしてくれた。次男○○のおかげで、妻は最後まで安心して生きることができた。私達のために多くの苦労をかけてしまい、お前の夢まで諦めさせてしまい、本当に申し訳なく思っている。お前には自宅兼店舗を相続させるので、このまま店舗兼自宅を使い事業を続けてくれることを願っている。」
このような記載が付言事項に記載されていれば、仮に相続できる遺産が少なかったとはいえ、長男は事情を理解できるはずです。事情を理解するだけではなく、次男を褒めることさえするかもしれません。付言事項の内容によって、遺言者であるAさんの気持ちが2人の息子にしっかりと伝わったわけです。
こうした遺言書であれば、複数いる相続人たちの間にトラブルが起きる可能性は少ないはずです。遺言書は正確で事務的な内容だけでなく、遺言者の想いも含めるようにしましょう。
筆者
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・兵庫県司法書士会所属/日本司法書士会連合会
・兵庫県行政書士会所属/日本行政書士会連合会
相続・遺言・登記・後見など司法書士(行政書士)が扱う業務は多岐に渡ります。普段の生活では耳馴染みもなく、初めて問題に対峙された時にどの様に対処をすれば良いか困惑されることも多いかと思います。士業という専門家として、「どうしたら分かりやすくお伝えできるだろうか」「ご希望に沿う形での解決は何だろうか」と日々考え、円滑な解決とともに、お客様に寄り添う司法書士(行政書士)でありたいと考えています。
司法書士・行政書士に関する業務
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